江田五月事務所からメールが届いた − インターネットの十年前〜世に倦む日々より
今度は何と江田五月事務所のスタッフからメールが届いた。サイトを管理している責任者の方だろうか。感動したので、返事を書く前にそのままブログで報告することにする。江田五月事務所のネットへの感度の鋭さとアンテナの高さについては前の記事で書いたが、この8月8日の夜に届いたメールにも私は本当に驚かされた。江田五月が参院議長に指名され就任したのが8月7日で、この日の夜のNHKの7時のニュースでトップニュースの扱いとなり、タイトルバックに江田五月の映像が流された。8月7日から8日にかけて、江田五月は時の人となり、8日の朝刊各紙では江田五月の人物と略歴を紹介するコラム記事が政治面を飾っていた。華やかな経歴で彩られた江田五月の人生の中でも、今回の栄誉が最も眩いスポットライトが照射された瞬間だった。

と言うことは、各界や地元からの祝辞の洪水が押し寄せ、メディアの取材が殺到し、それらを捌くのに事務所は大忙しだったはずである。おまけに大きな選挙が終わったばかりで、その整理業務もあって、スタッフは激務が続いていただろう。その中でブログの記事を読んでくれていた。感動を覚えざるを得ない。インターネットに賭ける真摯な意気込みが伝わる。どれほど華やかな栄光の中でも日々の基本を忘れていない政治者の情熱と理性を感じる。それはスタッフだけでなく、江田五月自身がそうで、8月7日から8日にかけての「活動日誌」には手抜きがなく、手抜きがないどころか、国民が最も高い関心を持って注目している人物の動静を、その当人が誰よりも詳しく、リアルタイムでネットに情報発信していた。特に参院選挙の後、江田五月HPは充実している。

国民が一番見たいと思う映像をカメラが見事に切り取って見せている。カメラがいい。誰が写真を撮っているのだろう。記事のテキストは江田五月本人がノートPCで書いていることがわかるが、編集とアップロードはどうやってやっているのだろう。あのように写真と記事をバランスよくページ配置するためには、HTMLのタグを打ち込んで(あるいはツールを使って)編集しなくてはいけない。あれだけの情報が、あのように見栄えよくリアルタイムに見事に発信されるためには、江田五月自身が画像処理とページ編集のツールを駆使しているか、それとも優秀なスタッフがテキストと映像を瞬時にページに編集しているかのどちらかということになる。どちらであっても凄いことだ。そういうスタッフがいて、何年も途切れずにコンテンツを蓄積してきた政治家のHPは他にない。価値が高い。

江田五月のHPを見ながら、私が自ら反省をこめて思い直すのは、インターネットへの真摯な情熱という点である。読者を信じてインターネットの中身を充実させること。私はブログをテレビや新聞を凌駕するマスメディアにするのだと言ってきた。朝日新聞の論説委員を顔面蒼白にさせ、自信喪失に追い込むジャーナリズムのクォリティを「世に倦む日日」で実現してやるなどと言っていた。偉そうなことを言いながら、内心では、匿名ゴロによる悪意の誹謗中傷の泥沼となり、腐臭放つ揶揄と罵倒のヘドロの海となり、アングラなサブカル文化の集大成となった日本のインターネットに諦めを感じ、そういう夢を実現させるのは無理だろうと感じていた。ブログは匿名ゴロの遊び道具となり、そうでなければ誰もが「ブログ・ジャーナリスト」になって自己満足する仮想現実の空間となっていた。

けれども、現実がどれほど醜く、自分の思いとは遠くかけ離れたものであっても、理想を持っていた頃の自分を忘れてはいけない。十年前、私は加藤教授の前で市民が作るインターネットアカデミーのバラ色の夢を語っていた。それを市民が求めていて、市民にはそれを作る力があるのだと言っていた。インターネットアカデミーの黄金郷の建設に目を輝かせていた。ネットの中に社会科学を蘇生させる野心に燃えていた。「あなたがやろうとしていたことはよくわかる。インターネットは、結局、2ちゃんねるみたいな方向に行ったけど、あの頃はそうじゃなくて、市民の知識世界を豊かに築き上げようという真面目な方向性があったよね。でも、それって、とても大事なことだと思う」。胸が詰まって涙が出そうになった。「あれが本になるといいね」。彼女は「世に倦む日日」の最高の読者であると同時に、丸山真男HPのよき理解者でもあった。

丸山真男HPが立ち上がったのが十年前の7月14日、加藤哲郎HPが立ち上がったのが8月15日、江田五月HPが11月。あれは本になった。今度は君が国会議員になる番だね。