戦争経済の気分 - 「おしん」的窮乏から「火垂るの墓」的絶望へ
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暑い夏がまたやってきた。先週末の気温は32度もあった。これから3ヶ月間、毎日30度を越える真夏の日々が続く。路上で生活する者たちにとっては、酷暑から逃れる場所もなく、どれほど大変なことだろう。この灼熱の日中を段ボールとビニールテントで過ごすことを想像すると息が詰まる。夜は夜で襲撃者の危険がある。7/6のTBSの「サンデーモーニング」に金子勝が出ていて、何を言うか注目して見ていたら、次のようなことを言っていた。「2002年頃から、本を書くときに念頭にあったのは、1929年の世界大恐慌の再来ということで、あのときと今と何がどう違うのかという問題意識だった。今、世界中で不況とインフレが同時進行しているが、このインフレは次に極端なデフレになるはずで、1929年のときは、市場原理で調整できなくなった世界経済は戦争へと突入して行った」。金子勝が、日本の財政赤字(当時の規模は500兆円とか600兆円か)を問題解決するには、もはや戦争か革命しかないと頻繁に言っていたのを覚えている。

私はそれに対して、経済学者は常に現実の具体的条件の中から改善や解決の展望を政策理論として組み上げるべきで、革命か戦争しかないなどと安易に結論づける態度は思考停止的であり、人々を不安に陥れるだけでエコノミストとして失格であると批判した。だが、昨年ごろから、私の気分は金子勝の黙示録的世界へと急接近し、それを否定できなくなり、3年前に放った金子勝への批判を撤回して自己批判する立場を確定させている。「戦争か革命しかない」という金子勝の予想は経済学として当を得ていて、論理的にピュアでストレートな結論であり、知識人の態度としても責任的であると思わざるを得ない。今は1944年の夏ではないだろうか。1944年の7月9日にサイパン島が陥落、米軍はそこにB-29の基地を建設して本土空襲が可能になる。1944年の末から大都市を中心とした空襲が行われ、翌1945年の8月まで続く。日米戦争が始まった1941年の12月に、これほどの最終的な惨劇と犠牲を予想していた日本人は少なかっただろう。

『二十四の瞳』のドラマで見たように、徐々に周囲の男が戦場に送られて消えて行く。白木の箱になって帰って来る。食べ物がなくなり、生活用品がなくなり、やがて配給制になる。着る物もなくなり、国民服とモンペ姿になる。生産活動はしていても、経済が戦争経済になっているため、生産は全て戦争のために行われ、物資は軍と戦場に回され、国民生活に回って来ない。原油の高騰は、まず日本の漁業経営に打撃を与え、7/15に全国の漁協で一斉休漁が予定されている。7/15を過ぎると小売の店頭に並ぶ魚の数が減り、値段が高くなっているだろう。この日を境に低所得者は魚は口にできなくなるということを意味する。原油と飼料の値上りで畜産養鶏業者が打撃を受け、肉や卵が高くなる。肥料が上がって、野菜も高くなる。豆腐屋とかクリーニング屋とかも値上げせざるを得ない。原油価格だけでなく、小麦や大豆やトウモロコシの穀物価格が3倍になっているから、単純に考えれば、生産者が利益を維持するべく価格転嫁すれば、米以外の食料品は全て3倍に値上がりしてもおかしくない。

『おしん』の戦争末期の場面では、おしんが家の庭にサツマイモを植えていた。食料品や日用品の値段が2倍になり、家計収入がそのまま上がらないということは、それだけ衣食を切り詰めざるを得なくなるということで、竹中平蔵が言ったとおり、生活水準が下がるのを我慢するということである。今の経済はあの当時の戦争経済と同じなのだ。戦争経済と同じ経済が投機経済として回っている。日本の国民が生産した価値は、マネー資本に吸い上げられて、海を越えたNYMEXに投機資金として投下される。世界中の人々が労働で創出した価値は、NYで原油投機に、シカゴで穀物投機に、そのために使われている。当時の軍が現在の金融資本だ。マスコミは「投機マネー」と他人事のように言うけれど、我々に100円のパンを150円で売りつけ、100円のガソリンを180円で売りつけてぼったくっているのが金融資本なのであって、天変地異の自然現象が起きているのではない。日本の国民生活は、この半年で大きく変わり、スーパーに並ぶ食品の品数が減り、口に摂取するカロリー総量が減るだろう。いいメタボ対策になる。

金子勝は、これからハイパーインフレが起こり、その次にハイパーデフレが来ると言っていた。ハイパーデフレが世界恐慌で、それは世界戦争へと連動して現出すると言いたかったようだが、庭にサツマイモを植え、配給品で生活した戦争経済の後で来たものは、われわれが一番よく知っているのは、野坂昭如の『火垂るの墓』のイメージである。あれは素晴らしい感動の名作で、われわれ日本人は、父親になり母親になることで通過的必然的にこのスタジオジブリのアニメ作品を見る。『となりのトトロ』と一緒に『火垂るの墓』を見る。ドロップ飴の缶に残った最後の砂糖を舐めて死ぬ。神戸の路上で無念のうちに命を落とす。病院へ行けずに死ぬ。カロリーを摂取できなくなれば、北九州の52歳の男のように餓死せざるを得ない。相当の数の貧窮者がそこまで追い詰められるだろう。親に捨てられて学校に行けなくなった子供が、路上生活を余儀なくされて餓死する事態が出るだろう。いま起きていること、これから起きることを経済学のセオリーで把握了解する前に、われわれは現実の直撃を受けて、1944年から1945年の過酷な経済の渦中に放り出されるに違いない。

額賀福志郎が法人税減税をやると言っていたが、大企業が生き残るためには減税とリストラしかない。経団連は、半年後1年後の経済をわれわれより正確にフォーキャストしている。大企業も切実で必死なのだ。コスト増を耐え凌ぐためには減税とリストラしかない。ここ数年間、好景気で手控えてきた人員削減を復活させるだろう。非正規雇用率が50%を超えるまで正社員を減らす。そして1千万人の海外移民の労働力輸入を直ちに政府に着手させる。今は車が売れないという経済の実態があるが、これからは耐久消費財ではなくて、スーパーで売っている食料品や日用品で消費者の購買力実態が現れるようになる。品数が減り、高額品の品揃えが減る。企業のポテンシャルが落ち、東証はさらに下がり続ける。米金融資本は東証で回していた資金をNYMEXとシカゴに引き上げていて、資金総量が減る分、平均株価が下がるし、米国への輸出で業績を支えていた日本企業は米国経済の不景気で売上と利益を確実に減らす。これまで、日本経済は長く「緩やかな成長」が続いたが、今度はマイナス成長の局面になる。政府はこのマイナス成長をインフレ対策のために逆に需要抑制の政策で方向づける。

日本人の生活水準は大幅に下がる。国民総生産も下がる。金子勝の口ぶりだと、原油市場のバブルがはじけるのはそれほど先でもないという印象があった。私も何となくそう感じる。今の原油価格の上昇はあまりに極端で、クラッシュの一歩手前という雰囲気が漂っている。次があるのだ。