日本人は単一民族というデマ宣伝
書籍紹介:ベネディクト・アンダーソン著 「増補・・想像の共同体」 NTT出版


 国家、民族という概念は中身のない「ウソ、ネツゾウ話」である。本書はそれを緻密な学問研究として展開している。

 ヨーロッパ近代初頭、農産物はそれが生産された地域内で全て消費し切れない程の高い生産性が実現された。そのため農産物の流通は狭い地域社会を超えて、より広い地域で販売するという道を探る事になる。

 しかし販売地域が広くなれば、地域ごとのビジネスの習慣、食文化、宗教、言語が異なり、ビジネスにトラブルが起こりやすくなる。農産物を売り1週間以内に代金を支払う習慣が「当然」の地域から、隣の地域に農産物を輸出した場合、隣の地域では3週間が代金の支払い期限というのが「常識」であったりする。「早く支払え」と抗議すると相手は「ダー」と答えた。輸出側では「ダー」は「必ず」という意味だが、輸入側では「まあ気が向いたら」の意味になったりする。こうしてビジネスはトラブルだらけになる。

 そこで複数の地域を「国家という名前」で統一し、法律と規則を統一し、「共通語」という統一言語を作り、新聞、ラジオ等でその共通語を「一般化」し宣伝拡大して行く「必要」が出て来る。

 こうして文化、言語、習慣、規則を「長い時間をかけて1つに統一」して行く「国家統一」の作業が始まる。

 「統一」が完成すると、やがて「言語、習慣、文化が同一であるから複数の地域には同一民族が生活している事になり、その同一民族を基礎に」国家が成立したというデマが宣伝され始める。意図的に「同一、単一」にした物が、逆に「最初から同一、単一であったから自然に国家としてまとまった」という「単一民族国家」というネツゾウが行われる。これが国家というものであり単一民族というデマであり、その単一性というデマを担うのが国王、天皇となる。

 
国家という物は人類の作り出した最大の「ウソ話」である。この「ウソ話」を利用し、市民から税金という金を「着服」するサギ師の集団が官僚、政治家である。2007年現在の日本で、「たまたま社会保険庁という悪い官僚達が年金資金を着服した」訳では全く無い。官僚はその存在そのものが市民の資金=税金を着服するサギ師集団である。

 健全な人間は自分で汗を流し働き、物を生産し、それで得た資金で生計を立てようと考える。「他人の給料の上マエをピンハネしそれで一生生活しよう」等と考える税金生活者=官僚はその発想の根源が「シャバ代金」を不当に要求するヤクザと同一である。


 「民族、国家の自立を守るため」に、近代社会ではたびたび戦争が行われて来た。「他の民族より自分の民族の方が優秀である」と中身の無い優越感を持ち、「他の民族」を武力で支配して来た。日本の朝鮮、中国侵略、米国によるハワイ、グァムの武力支配、ヨーロッパ諸国によるアフリカ侵略等、その典型である。

 しかし戦争の根拠になって来た民族、国家という考え自体が「作り話、サギ話」であり、人類をダマス最大のサギ師が天皇、国王という「虚偽の固まり」であった。

 本書は、こうした「国家、民族」という虚偽が形成されて行く過程を詳細に追跡している。民族学、政治学の分野で、アンダーソンの研究を超えるものは未だ出ておらず、世界中の学者達が「国家、単一民族の統一」など「ウソ話」である事を「あたり前の常識」としている。

 「日本人は単一民族」、「日本人という独自民族、その象徴としての天皇」等、そうした「ウソ話」の典型であり、それを展開するサギ師達は、このアンダーソンの緻密な研究に匹敵するだけの学問研究等全く行っていない。緻密な学問研究などとは全く関係の無い所で、「単一民族国家日本」、「日本人は天皇の子孫」などと言う戦争実行のためのデマ宣伝に忙しい。